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  • 14.「なりたい自分、つくす自分」を深め、自分が心から納得できる生き方に近づく努力をする。

14.「なりたい自分、つくす自分」を深め、自分が心から納得できる生き方に近づく努力をする。


毎回、これらのテーマについていちゃもんをつけているように思いますが、おととしエール学園に再び戻ってきて、大手前大学のプログラムの準備のための会議に参加したとき、この「なりたい自分」という言葉にひっかかって、メンタリング開発室のメンバーと議論になったことを思い出します。特に大学に入ったばかりの18歳前後の学生に「あなたの『なりたい自分』って何?」って聞くのが正直億劫でもありました。私には、どうしても「なりたい自分」という言葉が独りよがりのような、あるいは10代の人間に対してかなりのプレッシャーのような気がしてしょうがなかったからです。それはなぜかと考えると、たぶん自分自身が「なりたい自分」になれなかった、という10代の苦い経験があったからかもしれません。実は私は、中学生のころから、早く自分の専門性を見つけたいと思っていました。中学校を卒業したらできれば高校に進学せずに、伝統工芸の職人か、舞妓さんになりたいと本気で思っていました。学校が嫌いだったこともあるのですが、自分の進むべき道が早い段階で決まっている人がうらやましくてしょうがなかったのを覚えています。親の大反対にあい、あきらめましたが、その後も高校では演劇部と美術部に入り、お決まりのように「将来は役者か、アートディレクターになりたい」などと安直に「なりたい自分」を考えていた十代でした。しかし、この年になって思うことは「なりたい自分」になったあと『何をするんだ?』ということが重要ではないかと思います。「なりたい自分」への思いが強すぎると、「なれた」後、燃え尽きてしまうような気がします。事実、役者もアートディレクターも挫折して、大学生になることに集中して「大学生になれた」あと、猛烈な5月病に襲われ、1年間大学を休みがちになりました。自分が、何がしたいのかわからなかったからです。「『なりたい自分』になれたあとに何をするのか、何がしたいのか」、私は実はそれが一番重要な気がします。今の私には「なりたい自分」はありませんが、「こうありたい自分」はあります。それは、自分だけで考えた「自分」ではなく、他者の瞳に映る自分の姿でもあるように思います。他者によって「こうありたい自分」が得られること、その他者が喜んでくれればくれるほど、必要としてくれればくれるほど、私はさらに頑張ろうという気持になります。十代の頃の「なりたい自分」は、やはり一人で考えた独りよがりなものでしたが、今の「こうありたい自分」は、他者の想いと共に「自分」が作られているような気がします。そして、それは決して燃え尽きることもなく、常に自分のするべきことが他者の視線を通して見えてきます。「なりたい自分」は、すみませんが、今でもまだわかりません。それを常に考え続けることがエールでの私の課題だと思います。考え続けることで「自分が心から納得できる生き方に近づ」けるのだと私は思います。


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